エッセイ「ギュッ!な物語」

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ギュッ!な物語 Hugしたくなったその瞬間

Story. 012 100万回のギュッ

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 この不安定で不確実な世の中で100パーセント確実なことって何だとおもいますか。それは生き物はかならず死んでしまうという事実です。少なくとも現代科学ではどんなに偉い人でも、お金持ちでも確実に死を迎えます。しかもそれはいつやってくるのかだれにもわかりません。だからこそ、明日に希望をつなげてがんばって生きていこうと思えるのかもしれませんね。
 さて、あることがきっかけで今までの考え方、もっというなら生き方までも180度変わってしまう、そんな出来事をコペルニクス展開といったりしますが、それは意外な「何でもない出会い」からはじまることがあります。そんなことを教えてくれるのが佐野洋子さんの『100万回生きたねこ』(講談社)。お読みになった方も多いでしょうね。
 主人公の「ねこ」は「おれは、100万回も しんだんだぜ」といつも周りに自慢していました。そんなねこがある日、白いねこにあいます。彼女には今までみんなが驚きひれ伏していたフレーズ「おれは、100万回も しんだんだぜ」がなぜかまったく通用しません。それを唯一自慢の貌(かお)として生きているねこにとっては大変な屈辱です。必死で彼女の気を惹き、やっといっしょに「とりたててなにもない」とても幸せな日々を送れるようになります。
 しかし「その日」はやってきます。ねこのとなりで白いねこが、しずおかに動かなくなっていました。白いねこの亡骸(なきがら)をギュッと抱きしめて、ねこは100万回泣きました。そうしてやっと自分も死ぬことができたのです。
 このお話のすごいところは、とにかくたんたんと物語が進んでいくところです。読む人を変におどろかしたり、すごんでみせたりするところはひとつもありません。それどころか、主人公のねこや白いねこには名前すらありません。二匹のねこは、読者自身が想像する「あのひと」のメタファー(見立て)なんですね。
 ところでこの100万回生きたねこも白いねことの間にたくさんの子ねこが産まれます。生命の環という視点で見れば、ねこは死んでいないとも言えるのです。生きるとか死ぬということを真摯(しんし)に考えさせられ、思わずギュッとしたくなる物語です。

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