エッセイ「ギュッ!な物語」

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ギュッ!な物語 Hugしたくなったその瞬間

Story. 009 勝手にしやがれ

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 ちょっと古い映画のお話です。1959年発表の『勝手にしやがれ』、今ではDVDも出ていますので、ご覧になった若い方も多いのではないでしょうか。監督は彼(かの)ゴダール。ヌーベルヴァーグ(1958年頃フランスにおきた新潮流)の金字塔ともなった名作中の名作です。俳優はミッシェル役の俳優ジャン=ポール・ベルモンドとパトリシア役のジン・セバーグ。
 自動車泥棒のミッシュエルは、マルセイユで盗んだ自動車で巴里に向かう途中、ひとりの警察官を殺めてしまいます。追っ手の目から逃れながら、巴里に着いた彼はアメリカ人のガールフレンド、パトリシアと再会。ミッシャエルは、こんばんいっしょに過ごそうと誘いますが、パトリシアはむげに断ります。
 しかし、その晩、約束のホテルにミッシェルが戻ると、なんとパトリシアが待っていたのです。しかし、そこで告げられたのは「わたし妊娠しているの」という言葉でした。それに対してミッシェルは素っ気ない態度を示します。

 「わたしたち、たったの3日間しかいっしょにいなかったじゃない」 「いや5日間だ」 
 「ウィリアム・フォークナーを知っている?」 「いや。だれだ、そいつ。寝たのか!」 「違うわ、バカね」 「それなら興味がない、脱げよ」
これらはあまりにも有名な台詞。とにかく本映画はゴダール特有のドライな言葉が散りばめられています。にもかかわらず、全編詩的な言葉に仕上がっているのです。
 ラストシーンで背中に銃弾を受けるミッシェル。ミッシェルは息も絶え絶えに言葉を吐きます。「最低だ」。
それをクールな目線で追いながらパトリシアが云います。「最低ってなんのこと」。
 細部は、どうぞ、映画を観てください。これほどクールに真理を衝いた映画は他にはあまりないでしょう。
 ゴダールの言語感覚をあまりにも忠実に演じたミッシェルとパトリシア、二人をギュッと抱きしめたくなります。

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