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Story. 005 間に合うか、メロス!
昨今、教科書からどんどん古典や近代の名作が削られていきます。決められたページの中でいったい何を掲載するのか判断も難しいとおもいますし、子どもたちを教科書に引きつける一つの策があるのでしょうが、名作の居場所がなくなる度にかなりさびしい思いをします。
ところで太宰治の『走れメロス』を教科書で読んだ、という人も多いのではないでしょうか。
人一倍正義感の強いメロスは、イラクスというまちを治める暴君ディオニス王の腐りきった政治を許すことができません。メロスは抗議のために城に向かいますが、囚われの身となってしまいます。磔(はりつけ)の刑です。もちろんそんなことで屈するメロスではありません。
ところがメロスには大切な予定があったのです。最愛の妹の結婚式。それが心残りで仕方がありません。そこでメロスは3日間だけの猶予を乞い、親友セリヌンティウスを人質に、結婚式へと向かいます。
そうして式を済ませたメロスは、十里の道を一睡もせず走って戻ろうとしますが、そこへ容赦なく暴雨が襲いかかって橋が流され、おまけにディオニス王がこっそりと雇っておいた山賊たちに襲撃されます。
そんな境遇の中、さすがの鋼のようなメロスの心も揺らぎはじめます。そうして自分自身に言い訳をはじめます。「自分は頑張ったんだ」「精一杯やったんだ」と。
ところが、そのメロスに天の声が届きます。それは自分自身の声なのです。気を取り直したメロスは血を吐きながら走りはじめるのです。そうして時間ギリギリにやっと城が見えてきました。
「『待て。その人を殺してはならぬ。メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。』と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉(のど)がつぶれて嗄(しわが)れた声が幽(かす)かに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。すでに磔の柱が高々と立てられ、縄を打たれたセリヌンティウスは、徐々に釣り上げられてゆく。メロスはそれを目撃して最後の勇、先刻、濁流を泳いだように群衆を掻きわけ、掻きわけ、
『私だ、刑吏! 殺されるのは、私だ。メロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!』と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに磔台に昇り、釣り上げられてゆく友の両足に、齧(かじ)りついた。群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。セリヌンティウスの縄は、ほどかれたのである。
『セリヌンティウス。』メロスは眼に涙を浮べて言った。『私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君が若(も)し私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。』
セリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯(うなず)き、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右頬を殴った。殴ってから優しく微笑(ほほえ)み、
『メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。』
メロスは腕に唸(うな)りをつけてセリヌンティウスの頬を殴った。
『ありがとう、友よ。』二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。」(中略)
この物語が真実みを帯びて輝いているのは、お互いがお互いをふっと疑うシーンがあるからです。それでもなお、自分自身の気持ちに問いかけ、最後の最後は友情を信じる。そんなメロスとセリヌンティウスをギュッと抱きしめたくなります。
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参考文献:
底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房
1988(昭和63)年10月25日初版発行

図書館や博物館の立ち上げ、ブックアートギャラリーの企画・運営、出版、企業のキャンペーンやキャラクターデザイン、ブランディングなどの企画に参画。講座・講演、各種審査員多数。テレビやラジオのコメンテーター、本の紹介番組などにレギュラー出演。日本新聞協会賞、ACC賞など広告賞多数。国立大学法人静岡大学人文学部非常勤講師。


















